プロフィール

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こんにちわ、圓空です。

大阪で、1969年生まれのアラフィフおやじです。

中学、高校、ついでに大学も、運動部に入りたかったものの、当時は丸坊主必須だったのと、先輩後輩の関係が嫌で、帰宅部でした。

ところが走ること(短距離)は苦手ではありませんでしたし、自転車大好きっ子でした。

そして、かれこれ30数年前、自転車雑誌だと思いますが、トライアスロンを知り、どうしても出てみたくなりました。

宮古島、琵琶湖などです。他には皆生とか、でもなんと言っても憧れたのは、ハワイのアイアンマンです。

当時は4強の時代でしたでしょうか。マークアレン、スコットティンリー、スコットモリーナ、デイブスコット。間違えてたらごめんなさい。

一念発起してトライアスロンをやってみようと決心したのが、高校3年生の春です。

ただし、当時の泳力は、50mを泳ぎ切れたものの、タイムなんて測る意味のないくらいの遅いタイム、そして50m泳いだ後は、プールの水でお腹いっぱい、その程度でしたから、当然ながらスイミングスクールに通うこととしました。

スイミングスクールに通ったところで、週2回、1kmほど泳ぐ程度でしたから、大して上達はしませんでしたが、6月にはJTS日本平の大会に初参加しました。1987年のことです。

当時はまだJTUはなくて、トライアスロンの組織が2つある時代でした。トライアスロン協会とトライアスロン連盟でしたでしょうか?

その大会は日本に初めてDHバーが登場した大会です。たしか、野々村真さんらがドラマの撮影もしていました。

カンタンなウェットスーツを着て泳ぎましたので、1500mは制限時間(45分くらいだったでしょうか)ギリギリで泳ぎ切り、というよりは、流れ着き、その後のバイクはもうヘロヘロで脚はなく、当然ながらランも・・・

バイクとランはそこそこやれるつもりだったんですけど、水泳で精も根も尽き果ててしまいまして・・・とりあえず完走はしたものの、とても完走したと胸を張って言えるような内容ではありませんでした。完走した証拠の品が出てきたので、パチリ。順位は・・・見るも無惨。

当時は、まだ今のようなスキンのウェットスーツは高くて買えませんでした。なんたって高校生でしたし。そもそも売っている店がほとんど無かったような記憶があります。

私のはジャージのような素材で、今のトライスーツのような形状だったように記憶しています。もちろん、オーダーでも何でもなくて、店にぶら下がっていたのを買っただけです。

その年には、翌月だったか?よく覚えていませんが、JTS仙台の大会にも出場しました。このときは、水泳が天候の影響で短くなったのは覚えていますが、それ以外はほとんど記憶に残っていません。こちらも完走した証拠の品が出てきましたが、日本平とほとんど同じなので、省略w

仙台で記憶に残っているのは、ホテルで「パンにしますか?ライスにしますか?」という日本語が聴き取れなかったことくらいですw 当時の仙台はまだなまりがそれなりにあったんでしょうねぇ。

その後、自分の泳力のなさに嫌気がさし、とりあえず、ちゃんと泳げるようになるまでは試合に出るのは止めよう・・・と言うことで、週2~3回のスイミングスクール通いは続けました。

結構本気だったので、大学受験もせず頑張ったもののカンタンに速くなるわけもなく、時間稼ぎのために大学に入ってみたら、それなりに勉強したりしてだらだら過ごし、あっという間に時間が過ぎ、サラリーマンとなり多少お金にゆとりが出た頃には、股関節痛で走れなくなり、それどころかまっすぐ歩けない身体になっていました。

私はコレで股関節痛を克服しました
私は、いつ頃でしょうか、恐らく十数年前からですが、1時間しか歩けない身体になってしまいました。 股関節痛に悩むこと20年 どういうことかと言いますと、歩いていると、次第に右の股関節が痛み出して1時間過ぎる頃には、痛みで歩くのもま...

それでも水泳だけは、ちんたらと週に1~2回、500~800m泳ぐ程度続けていたのでスキルは多少上達していたようです。

そして、40歳になる頃だったと思いますが、ここでも一年発起して、とりあえず1500mを毎回泳ごうと決め、なんとか泳げるようになり、そこからは結構早く25分ほどで泳げるようになっていました。

ところが、股関節痛は相変わらずで、病院へ行って診てもらったりもしたのですが、問題なしということで、治る見込みがありませんでしたので、とりあえず水泳だけを頑張ろうと思っていました。

ところが、水泳は1500m25分で泳げたものの、泳いだ後は、ものすごい脱力感がありましたし、身体の捻れも感じていました。

そんなころ、たまたま友人が整体師で、股関節痛の話とか身体のねじれの話をしていますと、「治りますよ」と軽く言われたことで、じゃぁ頑張ってみようかなと思い、整体以外にもいろいろと試し始めるようになりました。

その中で、ある人がぎっくり腰のメカニズムの話をしているのを聴き衝撃を受けました。

ぎっくり腰が3日で治るわけ
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そんなわけで、またまた一念発起して、ベアフットシューズを履いて、歩く決心をします。

話は端折って、そして1年が過ぎる頃には股関節痛はほぼなくなり一日中歩けるほどになりました。

歩けるようにはなりましたが、走れるようにはなりません。

もちろん、痛みがあるという話ではなく、重心の位置や身体の硬さ原因です。

そこから更に2~3年。

2018年5月

ついに走れるようになりました。半月で10km走れるところまで来ましたので、本格的にトライアスロンを始めようと思います。

2018年6月

スイム1500m:25分前後
バイク:買っただけ・・・
ラン10km:90分前後(遅っ!)

2018年11月

微熱が続いて、一気に力が抜けてしまったのをきっかけに、ランニングも、バイクも練習を止めてしまいました。

 

なんだかんだと復活してきたものの・・・

2020年2月

水泳ばかり練習しています。

2019年12月からプールの初級クラスからレッスンを受けています。バック、ブレスト、バッタも最低限泳げるようになりました。

コーチに誘われて、スタートの飛び込み練習も始めることに・・・飛び込みのスタートって楽しいんですよね。

という感じで、今はマスターズ水泳に勧誘されていますが、速くないので・・・

今年51歳なので、まだまだ速い人は速いわけで、どうせ出るならメダルを狙いたい気持ちもあり、もうちょっと速くなってから・・・と思ったりもしますが。

「自己ベスト目指して皆さん参加されていますよ~~~」の声に、そうかもなぁ。。。と思ったり。

というわけで、トライアスロンより、水泳にどっぷりつかっている今日この頃なのです。

 

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